今回から、このマメ知識の記事を川久保理恵先生が担当してくださることになりました。先生は、フードディレクターとして、広告、雑誌などの写真用料理の企画、制作/メニュー開発及びレシピ制作/テーブルコーディネイト/フードエッセイ執筆/フードイラストなど食に関する様々な仕事を手掛けていらっしゃいます。著書として、「お皿の上の自由な時間(マガジンハウス)」「お腹の赤ちゃんと妊産婦のための料理」「らくチン電子レンジクッキング」等があります。
さて、そんな先生が担当してくださった第一回目!!「ドンブリものは、なぜおいしい?」みんなに愛されるドンブリ。なぜ、こんなにもおいしく、私たちの気を引いてやまないのでしょうか?今回は、そんなドンブリについてのお話しです。
さて、そんな先生が担当してくださった第一回目!!「ドンブリものは、なぜおいしい?」みんなに愛されるドンブリ。なぜ、こんなにもおいしく、私たちの気を引いてやまないのでしょうか?今回は、そんなドンブリについてのお話しです。
ドンブリは器?それとも料理名?
テレビのグルメ番組では、似たようなドンブリもの特集が繰り返されていますが、見る方もその度に食欲をそそられてしまうのですからおかしなものです。それにしても、日本人は、そんなにドンブリものが好きなのでしょうか。
いったい、いつごろからドンブリものを食べるようになったのでしょう。そもそも、どんぶりは、丼で、器の名称ですから料理を表す メニュー名としては、不完全であるような気がします。しかし、丼という器の名前をとってしまうと、親子、うに、ギュウなど、メニュー名としては成立しなかったり、意味がわからないものになってしまいます。
なぜ、器の名称をつけるようになったのでしょうか。
日頃、レシピを制作して料理名を考える立場から想像しますと、別の器に盛った同じような料理がすでに存在しており、それと区別するために、あえて器名を強調する名前にしたのではないかと。たとえば、長崎の皿うどんのように、うどんは丼に盛るのが普通であるのに「皿うどん」と器の名前をつけたことにより、他とは違うことがわかるわけです。
というわけで、だれもが知っているドンブリものを少しだけ深く考えてみました。
いったい、いつごろからドンブリものを食べるようになったのでしょう。そもそも、どんぶりは、丼で、器の名称ですから料理を表す メニュー名としては、不完全であるような気がします。しかし、丼という器の名前をとってしまうと、親子、うに、ギュウなど、メニュー名としては成立しなかったり、意味がわからないものになってしまいます。
なぜ、器の名称をつけるようになったのでしょうか。
日頃、レシピを制作して料理名を考える立場から想像しますと、別の器に盛った同じような料理がすでに存在しており、それと区別するために、あえて器名を強調する名前にしたのではないかと。たとえば、長崎の皿うどんのように、うどんは丼に盛るのが普通であるのに「皿うどん」と器の名前をつけたことにより、他とは違うことがわかるわけです。
というわけで、だれもが知っているドンブリものを少しだけ深く考えてみました。

ドンブリもののルーツ

ドンブリものの素材で、古くから食べられていた鰻に焦点をあてることにして、庶民の料理(町方料理)が発達した江戸時代中期に遡ってみます。鰻は、江戸時代から庶民に大変好まれており、筒切りを串に刺して焼き、その姿を植物の蒲に見立て「蒲焼き」と称して辻売りされたものが人気でした。筒切りにしたのは、あの細長くて小骨のある魚をさばくのが素人には難しいものだったからです。そんな時代(文化年間・およそ200年前)鰻めしとして丼ご飯の間に蒲焼きを入れて売り出した人がいまして、これがうな丼の原型のようです。しかし、鰻めしであって、まだ器の名称はついてはいません。
この数十年後、平焼きにして食べさせる鰻専門店ができましたが、旦那衆相手の上等な店は蒲焼き専門で高価だったため、庶民が通えるのは中級以下の店。当然ながら、満腹感と味が勝負になり、ここで平焼きにした蒲焼きと丼めしが合体したものができました。これを江戸では「うな丼」、上方では、「まぶし」と呼ぶようになりました。ようやく器の名前が登場してきます。
残念ながら、誰が最初に料理の後に器の名前つけたのか不明です。おそらく、蒲焼きと区別するために、見たままを「うな丼」と呼ぶようなったのでしょう。鰻を「うな」と、丼を「どん」短縮したのは、案外、威勢のいい江戸っ子・「大工のはっつあん」あたりだったのかもしれません。
この数十年後、平焼きにして食べさせる鰻専門店ができましたが、旦那衆相手の上等な店は蒲焼き専門で高価だったため、庶民が通えるのは中級以下の店。当然ながら、満腹感と味が勝負になり、ここで平焼きにした蒲焼きと丼めしが合体したものができました。これを江戸では「うな丼」、上方では、「まぶし」と呼ぶようになりました。ようやく器の名前が登場してきます。
残念ながら、誰が最初に料理の後に器の名前つけたのか不明です。おそらく、蒲焼きと区別するために、見たままを「うな丼」と呼ぶようなったのでしょう。鰻を「うな」と、丼を「どん」短縮したのは、案外、威勢のいい江戸っ子・「大工のはっつあん」あたりだったのかもしれません。
どんぶり代表のこぼれ話
うな丼という前例から、親子丼、カツ丼については、器の名前がついたのは、自然なことだったでしょう。
親子丼が今のように庶民の味になったのは、卵が量産されるようになった昭和30年代あたりからです。それ以前は、高価な卵をひとり1個使うのは、贅沢なものでした。また、カツ丼については、明治8年創業の料亭に伺うと、ソースカツ丼こそカツ丼で、うな丼のように、揚げたてのカツを丼ご飯の上にのせたのが始まりだとか。明治半ば、それも馴染み客に頼まれた特別な裏メニューが最初だったそうです。ソースはすでにありましたから、卵との関係からもカツ丼の本家はこちらのようですね。
親子丼が今のように庶民の味になったのは、卵が量産されるようになった昭和30年代あたりからです。それ以前は、高価な卵をひとり1個使うのは、贅沢なものでした。また、カツ丼については、明治8年創業の料亭に伺うと、ソースカツ丼こそカツ丼で、うな丼のように、揚げたてのカツを丼ご飯の上にのせたのが始まりだとか。明治半ば、それも馴染み客に頼まれた特別な裏メニューが最初だったそうです。ソースはすでにありましたから、卵との関係からもカツ丼の本家はこちらのようですね。
ドンブリものを味わうために

3〜4歳の幼児は、食べものを噛めないほど口いっぱいつめこむことがあります。いろいろな味を理解しはじめ、美味しさがわかりはじめる時期なのですが、小さな口全体で一度にその感覚を味わいたいと、口いっぱいに入れてしまいます。
自分の口の許容量が分かっていないこともありますが、味覚が発達しはじめている証拠です。危険がない程度に注意してこの段階の様子を見守るのがいいと思います。なぜなら、同時にいろんな食べ物を口に入れて味わう(脳が分析する)のは、こんな幼児期から育まれるからです。つまり、ドンブリものを味わう基礎ができる時期なのです。汚すから、危険だから、と親が単品ずつ食べさせたり、ひと口ずつと厳しくしすぎると、幼児はいろんな味を同時に口の中で感じることをができなくなってしまいます。ある小学生に、親子丼を食べさせましたら、具の部分だけを全部食べてからご飯を食べはじめました。はじめて親子丼を食べたというわけではなく、他の食事もすべて単品ずつ片付けていくのです。いわゆる一点喰いといわれるものです。 ドンブリものは、あまり上品なイメージではありませんが、これを上手に食べておいしいと感じることができる感覚は大事なことです ね。
自分の口の許容量が分かっていないこともありますが、味覚が発達しはじめている証拠です。危険がない程度に注意してこの段階の様子を見守るのがいいと思います。なぜなら、同時にいろんな食べ物を口に入れて味わう(脳が分析する)のは、こんな幼児期から育まれるからです。つまり、ドンブリものを味わう基礎ができる時期なのです。汚すから、危険だから、と親が単品ずつ食べさせたり、ひと口ずつと厳しくしすぎると、幼児はいろんな味を同時に口の中で感じることをができなくなってしまいます。ある小学生に、親子丼を食べさせましたら、具の部分だけを全部食べてからご飯を食べはじめました。はじめて親子丼を食べたというわけではなく、他の食事もすべて単品ずつ片付けていくのです。いわゆる一点喰いといわれるものです。 ドンブリものは、あまり上品なイメージではありませんが、これを上手に食べておいしいと感じることができる感覚は大事なことです ね。
ドンブリものは、なぜおいしい?
ところで、どうしてドンブリものは好まれるのでしょう。それは、なんと言ってもご飯といっしょだから。こんな簡単な説明では理由
にならないでしょうか。ご飯には、ほのかな甘みがありますが、いくぶんかの塩分を添えるとそれがさらに際立ちおいしく感じま
す。この際立たせる役目がご飯の上に乗せられた料理やそこからの汁気です。それなら、ご飯と別々に食べても同じような気がしますが、丼にすると、ご飯に味や香りの微妙なグラデーションがつくのです。この味わいの差異が、いくつもの豊かな味を感じさせます。また、様々な具材の食感もご飯と同時に味わうことができますから、ひと口という限られたスペースで一度に味わえる快感というのも得られるわけです。
丼を抱えて力強く食べる若者には、逞しさを感じます。ドンブリものは、なぜおいしい?と彼らに問うたら、きっと満腹になるからと答えるでしょう。うるさい決まり事もなく、空腹を満たしてくれる。これだけでも十分な理由になるでしょう。
「なぜ旨いかって?そんな野暮なこたあ〜聞くねえ」江戸時代から、そんな声が聞こえてきそうです。
丼を抱えて力強く食べる若者には、逞しさを感じます。ドンブリものは、なぜおいしい?と彼らに問うたら、きっと満腹になるからと答えるでしょう。うるさい決まり事もなく、空腹を満たしてくれる。これだけでも十分な理由になるでしょう。
「なぜ旨いかって?そんな野暮なこたあ〜聞くねえ」江戸時代から、そんな声が聞こえてきそうです。






