ごはんマメ知識・こんなの知ってる?

今、旬を感じさせる食べ物が少なくなっていますが、みなさんは何に、どのような時に、旬を感じていますか?今回はこの「旬」というテーマを取り上げてみました。
夏野菜を知ってますか?
「夏が旬の野菜には、どんなものがありますか?」この質問を小学生にしてみました。想像以上に答えられなかったことに驚きましたが、仕方がないことなのかもしれません。
たとえば、かつては、夏の訪れを教えてくれたトマト。乾燥したアンデス生まれなので、日本の梅雨は苦手で病気になりやすいため、露地栽培よりハウス栽培中心になりました。このため、季節に関係なく収穫ができるようになり、夏の・・・とは言えなくなってしまいました。きゅうりも6割以上がハウス栽培によって供給されています。露地栽培も簡単なので、夏場の家庭菜園の定番のようですが、市場では、年間を通して収穫される野菜の代表のようになっています。
ピーマンやさやいんげんも夏の野菜ですが、店頭には一年中並んでいます。オクラにいたっては、どの季節に収穫されるのか、オクラがどんな姿で実るのかさえ考えたこともないという人の方が多いような気がします。
このような状況で、子供たちに現実味のない旬の季節を教え、覚えさせることが良いのか、考えてしまいます。
旬の不思議
「幼い頃には、トマトなんてなかった気がする」こう言ったのは、明治生まれの方でした。これは、充分にあり得る話です。観賞用として伝えられたトマトが食用になりはじめたのは、明治時代ですし、当時は希少な収穫だったので、口にする機会がなかった人も多いはずです。その後、大正生まれの方に伺うと、「はじめて食べたのが、5〜6歳位だったが、酸っぱくて、青臭くて、固くて、おいしくなかった」という話でした。
ご年配の方のお話の中には、「そんな野菜はなかった」という言葉がよく出てきますが、それもそのはず、日本の野菜のそのほとんどが外国から伝えられたものである上に、明治、大正時代より近年は、はるかにその種類が増えていますし、最近の高度な品種改良技術によって、今までになかった野菜がたくさん生まれてきているからです。
「旬がなくなった」と言われるものの、改めて旬について、いつから、誰が言い始めたのか、不思議な気がします。「昔の味が忘れ去られた」と悲観するほど食べ継がれたとは思えませんので、そう言う理由が他にあるのではないでしょうか。
忘れたくない旬
ピーマンは、江戸時代から栽培されていましたが、辛くない大きな唐辛子のようで、青臭い苦みもあり、皮も厚くて固く、今以上に不人気でした。今でも子供には不人気ですが、品種改良によって何倍もおいしくなったのです。最近のきゅうりでは、端が苦いのに当たることもなくなりましたし、まさにフルーツと言えるトマトや筋の少ないインゲン。どれも皆食べやすくなり、大方は味も良くなっています。それなのに、なぜ、昔の味を懐かしがったりするのでしょう。
それは、きっと、食べた時の味そのものではなく、それを食べた時の幸福感が記憶されていて、もう一度体験したいと感じているからではないでしょうか。真夏の太陽の下で汗を流して遊んだ子供が、井戸水で冷やされたトマトを食べたら、それは美味しかった。固くてちょっと酸っぱかったけれど、「トマトって美味しい」 そう記憶したに違いありません。
きゅうりだって、味噌をつけてガリっと食べたその風味より、兄弟や友達とみんなでそうやって味わったことが楽しい思い出として強く心に残っていることでしょう。旬の美味しさは楽しかった情景と重なっているように思います。
心の旬
食べ物の旬とは何か・・・。正答なら、「魚介や野菜、果物などがよくとれ、最も味の良い時期」ということになりますが、 最近では、「旬」は、ブームになっている食べ物を表す意味に使われることも珍しくありません。今の若者に、旬の食べ物は何かと問うてみたら、話題のファストフードやスウィーツの名前をあげることでしょう。それを知って、目くじらを立てるより、新情報を得たと喜ぶ大人も多いはずです。「旬のはしり」や「初もの」といった言葉に、格別な思いを抱いたり、「旬の盛り」という言葉に、豊かさを感じられる機会が少なくなった今、若者をたしなめることはできないように思います。それだからこそ、季節ごと、たとえ1回でも心に残るような食事を体験してほしいと願います。手の込んだ料理でなくても、少しの工夫で、それは印象に残るものになります。それを始めるには、ちょうどこの暑い時期がいいかもしれません。たとえば、氷でレタスを丸ごと冷やして、食卓に出し、ちぎりながらサラダソースにつけて食べる。こんなシンプルなことでも楽しいものです。そんなことがいつか、夏と言えばレタスのあの味、というように心の中の旬になっていくかもしれません。
新しい旬を創る
自然からの贈り物も年中だと、感動もなくなり、日常になってしまいます。十分な食糧を得られるようになっても、それと引き換えに感動という感覚を失ってしまうのは、とても悲しいことだと思います。食べる事は、生活の基本であるだけでなく、五感を育むものでもあります。そこに感性を刺激するようなことがなければ、豊かな心も育たないでしょう。 季節の産物からそれを得にくくなったのなら、他の刺激を創り出してみてはいかがでしょう。
それぞれの家庭の旬であっても良いと思います。それは、本来の旬の意味とは異なりますが、食からの感動という感覚をなくさないでほしいと願います。夏の思い出、秋の思い出・・・重ねる思い出が多いほど、人は豊かになっていくものだと思います。


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