私たちは自然の変化の少ない快適な環境のもとで、感受性が鈍くなっているかもしれません。
今回は、変化に気づく感受性を育もうというお話です。
今回は、変化に気づく感受性を育もうというお話です。
鈍感になった日本人
暦の上では、立春が春の始まりとされていますが、しばらくはコートが手放せませんね。
寒いと言って、背中を丸めて歩いていませんか? 時には、背筋を伸ばして木々を見上げてみてください。蕾が少しずつふくらみ、ほんのりと色づいてくるのが分かります。植物は敏感に、冷たい空気の中に春を捉えているのですね。それに比べ、人間は鈍感なものだと思います。北風に隠れてじんわりと近づく春の気配を察知できるような、繊細な神経も能力も、ほとんどないように思います。
文明社会に生きていれば、野生の感覚が薄れてしまうのは仕方がないことですが、最近は、最低限備わっていなければならない生物としての感覚も鈍くなっているような気がします。特に、日本人においては、ここ数十年の間に自然に対してだけではなく、人や物に対しても感受性が薄れて鈍感になっているように感じます。
寒いと言って、背中を丸めて歩いていませんか? 時には、背筋を伸ばして木々を見上げてみてください。蕾が少しずつふくらみ、ほんのりと色づいてくるのが分かります。植物は敏感に、冷たい空気の中に春を捉えているのですね。それに比べ、人間は鈍感なものだと思います。北風に隠れてじんわりと近づく春の気配を察知できるような、繊細な神経も能力も、ほとんどないように思います。
文明社会に生きていれば、野生の感覚が薄れてしまうのは仕方がないことですが、最近は、最低限備わっていなければならない生物としての感覚も鈍くなっているような気がします。特に、日本人においては、ここ数十年の間に自然に対してだけではなく、人や物に対しても感受性が薄れて鈍感になっているように感じます。

空気が読めない日本人
日本人がなぜ鈍感になったのか、それは、世界に誇る優秀な電化製品があり、それを気軽に手に入れて、簡単に寒さや暑さをしのぐことができるようになったから。というのも理由のひとつだと思います。
それさえあれば、年間を通して快適な室温の中で暮らすことができます。エアコン、加湿器、空気清浄機と、三点揃えてしっかり空調管理された生活は、まるで、人間の温室栽培のようです。
移動に使う自家用車や電車、バスも空調が整い、出向いた先のビルはトイレの便座までも適温に保たれています。このような環境では、季節を肌で感じる機会は薄れ、自然界の生命の営みにも無関心になってしまうでしょう。人間本来の感覚が鈍くなるのは当然のように思えます。
流行語にもなったKY(空気が読めない)というのを揶揄(やゆ)している場合ではないかもしれません。生物として実際に、自然の空気が読めなくなっているのは、笑えない問題だと思います。
移動に使う自家用車や電車、バスも空調が整い、出向いた先のビルはトイレの便座までも適温に保たれています。このような環境では、季節を肌で感じる機会は薄れ、自然界の生命の営みにも無関心になってしまうでしょう。人間本来の感覚が鈍くなるのは当然のように思えます。
流行語にもなったKY(空気が読めない)というのを揶揄(やゆ)している場合ではないかもしれません。生物として実際に、自然の空気が読めなくなっているのは、笑えない問題だと思います。
五感の退化
耳をすまし、目でしっかり見て、肌で感じ、舌で味わい、香りで知る。五感が冴えていれば、自らの感覚で判断したり、変化を察知したりできるものですが、すっかりその力が鈍くなってしまった日本人は、誰かが作った情報を頼りにするしかなくなってしまったようです。たとえば、美味しいかどうかを判断するのは自分の舌ではなく、グルメ本の評価であったり、生鮮品でも表示がなければ賞味できるか分からず、使える野菜を捨ててしまうというようなこともあります。自分で作った味噌汁の味でさえ、今日のものと昨日のものとのの差が分からなくなってきているのですから、深刻な状況です。季節感はなくなり、旬に感動することも少なくなってしまったので、五感は刺激されず、ますます退化へ加速していくばかりです。このような時代に生まれ育った世代が、この先、どんな文化を残していくのでしょうか。
手遅れにならないうちに、感性を育み、五感の退化をくい止める努力をしなければいけないと思います。
感性を育み、五感を甦らせる方法

感性を育むのは、それほど難しいことではありません。音楽鑑賞や美術館に行くのを勧める人もいますが、それ以前に、五感を目覚めさせることの方が大切です。まず15分〜30分の散歩を始めると良いですね。ただ歩くのではなく、空気の匂いを感じ、草や木に触って感触を確かめながら歩きましょう。時には、土や石を手にとって観察したり、空を見上げて雲や星を楽しむのも良いですね。風の音や鳥のさえずりに耳を傾けながら、散歩をしてみるのです。そのようなことを繰り返すうちに、わずかな風の変化にも気づくようになってきます。五感が冴えれば、感覚は敏感になり、より多くのものを感じられるようになります。全身を使って感じることで、心を刺激することができます。心の刺激こそが感性を育むものになるのです。身近にある自然を全身で感じることが、生物として退化しかけた感覚を甦らせることにつながっていきます。
春から始める道草
道草をしながらの散歩は、初春のこの時期に始めるのがいいですね。足元に目をやれば、芽を出したばかりのタンポポやヨモギが見つかるかもしれません。タンポポの葉はサラダに、ヨモギは御餅にして楽しめます。さらに、つくしやふきのとう、川芹、野蒜(のびる)など、貴重な春を味わえるかもしれません。
若い野草から香り立つ新鮮な匂いは、視覚も嗅覚も充分に刺激してくれることでしょう。また、口にした時のほろ苦さは、味覚を刺激し、ほんとうの季節の味を心に刻んでくれるはずです。
便利で快適な生活環境はそう簡単に変えることはできませんが、それによって鈍感になってしまうのは悲しいことです。まずは、改善の第一歩を始めてみてください。感受性が豊かになるだけでなく、健康にもなって、いいことばかりです。
便利で快適な生活環境はそう簡単に変えることはできませんが、それによって鈍感になってしまうのは悲しいことです。まずは、改善の第一歩を始めてみてください。感受性が豊かになるだけでなく、健康にもなって、いいことばかりです。






